【チューリップラストツアー】無料動画・見逃し配信!密着 財津和夫

NHK総合で放送されている番組「僕の最後の歌を、届けたい 密着 財津和夫/TULIPラストツアー(チューリップラストツアー)」の無料動画や見逃し配信などの無料視聴方法、再放送について紹介したいと思います。

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「僕の最後の歌を、届けたい 密着 財津和夫/TULIPラストツアー(チューリップラストツアー)」

財津和夫さんのチューリップとしての最後のツアーに密着。老いや病と闘いながらマイペースで歌い続けてきた財津さん。知られざる苦悩の日々や「心の旅」など名曲もたっぷり

「心の旅」や「青春の影」など数々の名曲を送り出してきた財津和夫さん。74歳となった今年、チューリップとしての最後のツアーを行っている。50年にわたって音楽と向き合い続けてきた思い。知られざる苦悩の日々など、長い音楽人生のすべてを語る。同世代のライバル小田和正が語る財津とは。また財津の歌をカバーしたmiletが語る財津ミュージックの秘密とは?ラストツアーのライブ映像もたっぷりとお届けします。

「僕の最後の歌を、届けたい 密着 財津和夫/TULIPラストツアー」の出演者

【出演】財津和夫,【ゲスト】小田和正,milet,【語り】平原綾香

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「チューリップ」について

「チューリップ」は、日本の音楽グループである。1968年に前身のザ・フォーシンガーズとして結成し、1989年に一時解散するが1997年に再結成。ビートルズに影響を受けたメロディ・ラインやコーラスにより洋楽ファンからの支持を集めた。また、メンバー全員が作詞・作曲・ボーカルおよびコーラスを担当していることも特徴で、この方針は伝統的に続けている。

結成、デビュー
1968年12月、田中孝二をリーダーとし、西南学院大学在学中に 福岡市で結成されたザ・フォーシンガーズに、財津和夫が吉田彰、末広信幸と共に参加。このメンバーにて第3回全日本ライト・ミュージック・コンテスト(フォーク部門)に出場し、九州代表としてグランプリに進出する。この時の第一位は「竹田の子守唄」の赤い鳥(関西・四国地区代表)、第2位は小田和正在籍のジ・オフ?コース(東北地区代表)で、実況録音(1969年11月2日、東京厚生年金会館)がTBSラジオによって録音され、日本グラモフォンよりLPとして発売された(3rd ALL JAPAN LIGHT MUSIC CONTEST GRAND PRIX / FOLK  POLYDOR MR-1059 1970.3.1発売)。ここに収録されている「金比羅舟々」が、公式盤としての最古の音源となる。なお、この MR-1059 のライナーには「このグランプリをもってグループは解散」と記されている。

1970年にザ・フォーシンガーズは解散、財津は吉田、末広に宗田慎二を加えて正式に「チューリップ」を結成した(財津は1995年にNHKの企画でこの時期のメンバー数人と再会し、当時の曲「柱時計が10時半」を共に演奏している)。1971年に九州朝日放送で録音した「柱時計が10時半」など4曲を入れたシングルを2000枚発売。同年上京して東芝音楽工業の新田和長がディレクターとなり、「私の小さな人生」を発売するも、直後に宗田慎二と末広信幸は脱退して福岡に戻る。財津らは一度福岡に戻ったのち、他バンドからメンバーを引き抜くが、海援隊から上田雅利を引き抜いたのを最後に、5人のメンバー(財津(ボーカル、ギター、キーボード)、姫野達也(ボーカル、ギター、キーボード)、安部俊幸(ギター。安部を引き抜きにきた現場で「私の小さな人生」が書き下ろされたことを、後に安部自身が述べている)、上田雅利(ドラムス)、吉田彰(ベース))で本格的に活動を開始する。

翌1972年に改めて上京。当時の所属事務所シンコー・ミュージック初の専属アーティストとして東芝音楽工業(後の東芝EMI→EMIミュージック・ジャパン、現:ユニバーサルミュージック・EMI RECORDSおよびVirgin Music)から「魔法の黄色い靴」でメジャーデビュー。翌1973年に出した3枚目のシングル「心の旅」が5か月かけてレコード売り上げ1位を記録し、一躍有名となる。その後も「青春の影」(1974年)、「サボテンの花」(1975年)、「虹とスニーカーの頃」(1979年)など数々の作品を輩出。その名を不動のものとする。第1期の特徴は「風のメロディ」(1976年)など財津と姫野のツインボーカル楽曲を用意していた点である。この他に、姫野と安部のツインボーカル楽曲もシングルB面やアルバムで取り上げられていた。

1978年には財津がソロデビューし、チューリップのライブで財津のソロナンバーが披露されるようになった。

第二期、第三期、そして解散
1979年のアルバム『Someday Somewhere』を以て、上田、吉田が脱退。上田は新たに自分のバンドTonyを結成し、吉田は音楽界から身を引いて珈琲店経営に専念する。同アルバムを以て安部はボーカルを取らなくなり、作曲と演奏に専念する。

財津は新たに宮城伸一郎 (b)、伊藤薫 (ds) を迎え、チューリップ第2期に入る。第1期のブリティッシュロックを基調とした楽曲から転換し、シンセサイザー、デジタル機器を多用して宇宙、平和、環境問題などをテーマにしたポップで壮大なサウンドを構築するが、70年代とは一転してセールスは低迷する。1982年に通算で1000回目のライブを達成。

1985年、プロデューサーの新田和長が独立して設立したファンハウスへ移籍。しかし、同年夏に姫野、安部、伊藤がシングル「アイ・アイ・アイ」のリリースを最後に脱退(正式な発表は翌1986年)、オールウェイズを結成した。これにより、オリジナルメンバーは財津を残すだけとなった。現在に至るまで、脱退の経緯について財津は「わだかまりがあった」とのみ語り、他のメンバーも多くを語っていないため不明な点が多いが、姫野は、財津の変化していく音楽性が自分の音楽の志向とかけ離れてしまったからと発言している。窮地に陥った財津は、残ったメンバー宮城、新メンバーの松本と共に、数人のサポートメンバーや、財津自身の多重録音などにより、アルバム『I Like Party』を完成させた(財津自身はこれを2.5期と呼んでいる)。一方、3人の脱退は当初は明らかにされず、同年夏に丹野を加えた新メンバーでのツアーの開始直前に、一部のメディアのみに公表されたため、ファンの反発を招くこととなった。

その後、チューリップは第3期に入る。ギタリスト及び1987年7月以降はドラマーも不在になったため、上記のようにサポートメンバーも加えたが、キーボードと打ち込み主体の80年代的なシティ・ポップへとサウンドは大きく変化した。結局主要メンバーが抜けた穴は回復できずセールスは低迷し、姫野がボーカルを取る曲を封印したこともあり、かつて全国で展開していたライブの回数は激減した。

1986年には日本コロムビアのトライアドへ移籍。翌1987年には、4月に高橋が加入するが、7月に松本が脱退。1988年にはアルバム『そんなとき女を好きになる』で上田が8年ぶりにサポートとして参加(ただし1曲のみ)。しかし状況は変わらず、財津はついにバンドの解散を決断した。

1989年、アルバム『Well』をリリースしたが、クレジットに安部、姫野への謝辞があり、二人が何らかの形で参加したとされている。二人が参加した同名の全国ツアー(計26回、ライブアルバムも制作された)を最後に一旦解散。財津和夫は本格的にソロ活動に入る。

再結成
財津はもはやチューリップの再結成は不可能だと考えていたが、1995年にビートルズが『フリー・アズ・ア・バード』をリリースしたことに触発された姫野が声をかけたことで、再結成を決定した。

翌1997年に吉田を除くオリジナルメンバー(財津、姫野、安部、上田)及び2期からのメンバー宮城で再結成を果たして以降、ライヴ活動を展開し往年のファンを動員している。以後10年の間に4度の再結成を行う。取り上げる曲目は、新曲の他には初期、第2期の『I dream』までで、ほぼオリジナルメンバーに戻ったため第2期の末期(『New Tune』以降)及び第3期は事実上封印されている。

1999年には、財津がかつてチューリップのコンサートで口にしていた「1999年9月9日午前9時9分9秒に金閣寺で会おう」という約束を果たすため、当時インドに居住していた安部を除くチューリップのメンバーが金閣寺に集結した。

2005年、高橋ひろとして活動していた高橋裕幸が死去。

2007年、全国ツアーの日程と同時に、「再結成は今回で最後」と足掛け35年に及ぶバンド活動に再び幕を下ろすと発表された。5月30日に18年ぶりのオリジナルアルバム『run』発売。「紅白でバンド活動に終止符を」と第58回NHK紅白歌合戦でファイナルとなることが示唆されていたが、出場を辞退した。そのためかどうかは不明だが、翌年2008年の第59回NHK紅白歌合戦のオープニング・ナンバーとして、財津作詞・作曲の「切手のないおくりもの」が採用された。

2011年3月6日、九州新幹線全線開通を記念したライブイベント「ひとつの九州」に参加し、一夜限りの再結成が実現した。

2012年、40周年を記念したベスト盤の発表とコンサートツアーを実施。

2014年、安部俊幸が死去。

2016年9月より、45周年を記念した全国ツアー「 TULIP 45th Memorial Tour “it remembers” 」を実施する。安部の死去に加えて、これまではライブでは再現できなかったレコードの音源を再現すべく、サポートメンバー3人が帯同している。ツアーは財津の病気により一時中断したが、2018年に「TULIP concert tour 2018 ”is There”」として再開され、2019年7月に無事終了。

デビュー50周年となる2021年のライブについて、財津は「元気だったらやりたいが、年齢的な問題があるので断言はできない。客席がそれを受け入れてくれるなら目指したい」と休養中の2017年に語っていた。結局、コロナ禍を経てメジャーデビュー50周年となる2022年に姫野、宮城、上田らと共にライブを行うことになった。同年開始された「チューリップ50周年記念ツアー~the TULIP~」では、第2期までの定番ナンバーが中心となっている。

メンバーとの出会いと別れ、再会のエピソード
アマチュア期 (1968-1971) - 財津和夫、田中孝二、吉田彰、末広信幸、宗田慎二

財津和夫は、音楽の道を直走りに走っていた時代のメンバーと同窓会紀行 『それぞれの歌の別れ ~財津和夫と仲間たち~』 (1994.12.30 NHK総合)という番組で再会を果たし、財津の過去の仲間への思いとわだかまり、そして過去の仲間が当時の心情と財津への思いを腹を割り同番組で語り合っていた。アマチュア期とのメンバーで最初に出した「私の小さな人生」というレコードが出てから25年が経ち、財津は昔の仲間の本当の気持ちが知りたくなりこの番組に出演することになった。そして、故郷の福岡に帰郷し、再会を果たす。

財津和夫は、高校時代からの親友である吉田彰と共にミュージシャンを目指していた。プロのミュージシャンを目指していた西南学院大学時代、キャンパス内のチャペルで末広信幸に出会う。美声を発する末広を見て財津は、すぐにスカウトをした。うまいプレイヤーを見つけるとすぐに自分のバンドに引き入れる財津は「バンド潰しの財津」と呼ばれていた。末広信幸は脱退後、音楽の世界と別れ15年間のサラリーマン生活をし、その後電気店を経営。そして、89年から新聞販売店に切り替えているという。宗田慎二も財津に才能を買われ、他のバンドを脱退してチューリップに加入した仲間であった。宗田慎二は、現在福岡市内で録音スタジオを経営している。当時、宗田にはプロへの意志はなく普通に就職する事を希望していた。しかし、4人は地元でたちまち人気になり、TV番組やライブハウスの活動、ラジオ番組などが増えていった。多忙な日々を過ごして4年生になるころには、ファンクラブが結成された。大学4年の冬、東京のレコード会社から声がかかり、プロデビューを目前としていた。しかし、財津の野心とは裏腹に宗田慎二も末広信幸も心が揺らいでいた。東京でのレコーディングを終えて地元に戻ってきた後、宗田と末広から脱退の連絡を受ける。末広は、財津に「もう財津の敷いた線路の上には歩けないんだ」といわれる。財津も番組で当時を振り返って「うすうすは、そうなる(脱退する)のかなと感じていた。」と語った。

そして、25年後、財津は宗田と末広を当時一緒に活動をしていたライブハウス「照和」へ呼び出しそこで久々の3人だけのライブを行う。そこでアマチュア時代の代表曲「柱時計は10時半」を披露。これをきっかけに財津は、宗田と末広の今も残る音楽への熱い気持ちを感じ取っていた。そして、ライブ後に財津は、なぜ当時二人がチューリップを離れたかを聞き出す。財津は、プロへの野心が強かったあまり、他人の気持ちを推し量ることができなく二人を傷つけていたことに気がつく。当時のエピソードとして宗田が語ったのは、財津が他のバンドを辞めさせ引き抜きをしたメンバーが、思いのほか下手クソであり、以後そのメンバーと鉢合わせしないよう警戒したり、練習場所を教えない等、財津の無責任で傍若無人な行為の徒党を組まされた事があった。また、宗田と末広の辞めた理由の中に「財津の敷いた線路の上には歩けない」もひとつだったが、そんな思い上がった人間(財津)と付き合いたくないという気持ちもあったという。けれども二人の中には、財津には自分たち無しでもやっていける才能があると、当時から高く評価していたこともカミングアウトした。そして、自分たちにとって財津のことが多少脱退する理由にも入っていたが、一番の理由は、プロでやっていく実力が財津ほどなく、将来への不安があったことを告げた。しかし財津は、二人に対して当時自分は「生意気にもこれが私の考える最強メンバーだと思っていたのね。それで無しってなった時、手足をもぎ取られた感覚になったよ」と初めて思いを伝えた。腹を割って話をした後、わだかまりも解け、その後3人は初めて一緒にレコーディングした曲「私の小さな人生」を宗田のスタジオで鑑賞し、男の友情を確かめあった。財津は、この話し合いをきっかけに「自分の中にあった嫌な部分がやっぱり振り返ってみてはっきりでてきたなと、すごく反省させられました。」とコメントした。

ライブ喫茶「照和」
チューリップをはじめ井上陽水、海援隊、甲斐バンドなど九州、特に福岡出身の多くのアーティストが出演していたことからしばしば“伝説の照和”と称されるライブ・ステージを備えた喫茶店。所在地は福岡県中央区天神二丁目。もともとオーナーはレストランにするつもりであったが、当時フォークソングがブームになりつつあったことから生演奏をやった方が人が集まると考えたマネージャーの進言によりライブ喫茶となる。“喫茶”なのは当時のフォーク・ブームの中心が高校・大学生であると考えたマネージャーの判断による。

チューリップが出演するようになったのはアマチュア期チューリップ(財津、吉田、宗田、末広)から。当初は大学のフォーク・サークルを中心に出演者を探していたが、チューリップは当時既にかなりの人気であったため直接出演依頼されたようである。一方財津のほうも単なる出演先の一つ程度の認識であったらしい。またチューリップ加入前、姫野達也は「ライラック」、安部俊幸は「ハーズメン」として照和に出演していた。第二期チューリップのドラマーである伊藤薫も「リンドン」在籍時に照和に出演したことがある。

その後メンバー2名が脱退してしまう(『魔法の黄色い靴』収録の『あいつが去った日』はこの事件に触発されたものと思われる)と財津和夫は他のグループから引き抜くような形でメンバーを集め、第一期メンバー(財津、吉田、安部、姫野、上田)を揃えるが、練習場所がなかったため照和を練習場所として使えるように交渉し、営業終了後の店内を使って深夜から朝まで猛練習を行うようになるのであった。
ちなみに安部俊幸は著書『ティータイム・トーキング』の中で、照和の待遇の悪さ(出演料の安さや食事の粗末さ)からチューリップが照和出身といわれることは不本意である旨のことを書いている。

2002年7月7日、デビュー30周年を記念して照和で定員限定30名のライブが行われた。チケットは入札式で高額入札者上位30名が入場でき、収益はチャリティに寄付されるというものだった。最終的に1050万円以上の入場料を集め福岡市に寄付された。
2002年に財津和夫出演の保険会社のCM、2006年にはチューリップ出演のビール会社のCMが照和で撮影されている。

コンサート
チューリップの特徴として特に注目されるのはライブ活動である。『心の旅』がヒットして以降、70年代は北海道から沖縄県まで、一年で最大50回以上のライブをこなしていた。1982年に通算1000回の記念ライブを行う。

第2期末期に安部ら3人が脱退して以降は人気が低迷したこともあり、第3期末期の1988年には8回にまで激減した。実際、第3期のライブはNHK-FMで放送されただけで、ライブ盤も発表されていない。ただし、解散発表後の「ファイナル・ツアー”Well”」は北海道から九州まで合計26回行われ、ライブ盤「TULIP FINAL TOUR Well」も制作された。再結成後はかつてほどではないが全国を巡回している。

第二期までと解散コンサート、再結成後のコンサートを含めて9枚のライブ盤を発表している(そのうち7枚がCD化されている)。その他、保存されていた第一期から第三期までのライブ録音が財津和夫の公式サイトから入手できる。その他、2008年に限定版のボックスセット「LIVE ACT TULIP 1973-1979」が発売され、「LIVE!! ACT TULIP」の完全版、1979年の吉田と上田が参加した最後のライブ(12月25日、宮城がサポートとして参加)などが収録された。

2016年、クリプトンがライブアルバム3枚(「LIVE!! ACT TULIP」、「LIVE!! ACT TULIP Vol.2」、「LIVE!! ACT TULIP Vol.3 鈴蘭&田園ライブ!!」)をデジタルリマスターしてハイレゾ配信した。

野外コンサート
チューリップは4回の大規模な野外コンサートを行っている。

ライブ・アクト・チューリップ・イン・鈴蘭
初の野外コンサートは、1978年(昭和53年)7月26日岐阜県御嶽鈴蘭高原スキー場で行われた。テーマは、「YOU’LL FIND ANOTHER SPACE!」。交通の不便なところではあったが、全国からバス・ツアーを中心に約8000人が集まった(動員数はファイナル・コンサート・ツアーパンフレットより、以下同様)。ベンチャーズで有名な「TELSTAR」をオープニングにビートルズやウイングス、オールディーズのカヴァーを含む中期チューリップの集大成となる40曲余りが演奏された。ハイライトは、財津和夫のソロアルバム『宇宙塵』から『光の輪』であった。この曲は、後の野外コンサートでもハイライトに演奏されている。アンコールではPAのトラブルから音が出なくなるアクシデントもあったが、観客が一緒になって歌いコンサートを盛り上げた。

この日前座を務めたのは、当時アレキサンダー・ラグタイム・バンドと名乗っていた後のARBで、ベースを弾いていたのはこの後チューリップのメンバーとなる宮城伸一郎であった。

コンサートの模様は、2ヵ月半後大田区の田園コロシアムで行われたコンサートとともに、『ライヴ!アクト・チューリップVOl.3鈴蘭&田園ライヴ』としてライブ・アルバムがリリースされたほか、フィルムも撮影され後にビデオでもリリースされた。ただしアルバムの方はほとんどが田園コロシアムでのライブで、鈴蘭でのライヴはわずか(2枚組LPの1面のみ)である。

ライブ・アクト・チューリップ・イン・鈴蘭2
2度目は、2年後の1980年(昭和55年)の同じ日、場所も同じ鈴蘭高原で行われた。テーマは「LOOKING FOR EUPHORIA」で、15000人を動員した。チューリップはこの年の初めにメンバーチェンジを行っており、新編成での初の本格的なコンサートでもあった。
しかし、当日は豪雨に見舞われ、場所が高地で気温が低い上に夜間の開演ということも重なり、観客は寒さに耐えなければならず、さらに楽器類も水をかぶり、まともに音がでないというコンディションの中で行われた。

この日のオープニングは、後にチューリップ・コンサートの定番となる「Shooting Star」で、この日のために用意された曲だった。雨のため、演奏曲目や演出を大幅に変更せざるをえなかったものの30曲近くが演奏された。
後日、コンサートを完全収録したカセット・テープが、当日の観客全員に記念として送られた。後に『ライヴ!アクト・チューリップ・イン・鈴蘭2』として、ミュージック・テープが一般発売された。このテープは、1993年に一度だけCD化されている。また、前回と同様にフィルムも撮影され、ビデオもリリースされた。

ライブ・アクト・チューリップ・ザ・1000TH
コンサート1,000回目を記念する3度目は、1982年(昭和57年)8月14日よみうりランドサッカー場に21000人を動員して行われた。よみうりランド遊園地は、ある方向から見ると靴の形に見える。このことから、デビュー曲の「魔法の黄色い靴」にちなんで遊園地全体を「チューリップ・ランド」と称し、昼は遊園地、夜はコンサートを楽しむという趣向で、当日の園内では、1000回を記念した飾り付けやファン向けのイベントが行われた。

ステージは、前回の雨に懲りたのか巨大なテントが張られたステージとなった。「The Love Map Shop」をオープニングに、30曲近くが演奏された。花火や爆竹の演出は、過去2回の経験を踏まえてか、過去最高のものであった。特に、クレーンで吊るされた巨大なミラーボールが一面に光を放つシーンは圧巻であった。
このコンサートも『チューリップ・ライヴ・ザ・1000TH』として、ライヴ・アルバムがリリースされた。また同時に、フィルム撮影もされていたが、このフィルムは当時上映会が行われて以降、長い間、所在が不明の「幻の映像」となっていた。しかし、2006年にフィルムが発見され、2007年になってBOXセットの一枚としてDVD化され発売された。

チューリップ・ランド・イン・芦ノ湖 8.11パゴダ
最後の野外コンサートは、1984年(昭和59年)8月11日に芦ノ湖畔箱根ピクニックガーデンで行われた。テーマは「人間以上の日」で、25000人を動員した。実際に、芦ノ湖畔に20数メートルの高さのパゴダ(仏塔)が建造された。そのパゴダに象徴されるように、野外コンサートらしい演出は控えめで「人間以上の日」というテーマを重視したと思える演出であった。鐘が鳴り渡り『THE 10TH ODYSSEY』で始まったコンサートは、後期チューリップの代表曲を中心にした30曲近くが演奏された。
過去3回の野外コンサートで撮影されたフィルムがほとんどドキュメンタリー的な内容だったのに対して、このコンサートでは初めて本格的なライヴ・ビデオとして撮影され、また民放でテレビ放送も行われた。アンコールでは久々に『心の旅』が演奏されたが、自らをパロディ化するような派手なラメの入った衣装での演奏であった。この時の映像は現在も時々CMに使われることがあり、このシーンだけを見た人に誤解を与えかねない映像となっている。

『8.11 PAGODA』としてライヴ・アルバムもリリースされたが、このライブ・アルバムは未だCD化されておらず、チューリップの全アルバムの中で未だCD化されていない2組のうちの1組となっている(もう1組は、安部ら主要メンバー3人が脱退した直後の1985年10月の渋谷公会堂でのライブを収録した『コンサートはチューリップ』)。

初の日本武道館公演
グループは当初、「尊敬するビートルズが行った会場では、(憧れが強すぎて)コンサートをしたくない。」という意向で、「日本武道館では、コンサートは行わない。」ことを明言していたが、1997年に再結成を果たした際、10月2日・3日に「Magical History Tour」と銘打ち、グループとしては初の武道館公演を行った。

ファイナル・ツアー
Live Act Tulip 2007〜2008 〜run〜

35年間の全国コンサート・ツアー活動に終止符を打つために行われた。当初2007年12月の福岡公演が最終公演であったが、好評につきツアーを延長。2008年2月の大阪公演を持ってツアーは終了した。

メモリアル・ツアー
TULIP “THE LIVE” 40th memorial tour

一旦は終了と銘打たれたバンド活動であったが、2012年から2013年にかけ、40周年を記念して全国ツアーが開催された。

TULIP 45th Memorial Tour “it remembers”
デビュー45周年に当たる2016年9月から全国ツアーを開催。このツアーは2014年に亡くなった安部俊幸への追悼の想いをこめたものであった。しかし、2017年5月の公演を最後に、財津の体調不良を理由に、残り4公演をキャンセル。財津は一時療養に専念する。

TULIP concert tour 2018 ”is There”
財津の復帰により、2018年9月より全国ツアーを再開。2019年7月7日(安部の命日)に福岡にてツアーファイナルを迎える。

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