【それって実際どうなの課】見逃し配信・動画無料視聴方法!美しく不思議な断面の世界

中京テレビの制作により、日本テレビ系列で放送されているバラエティ番組「それって!?実際どうなの課」の無料動画や見逃し配信などの無料視聴方法について紹介したいと思います。

この「それって!?実際どうなの課」の動画配信なのですが、「それって!?実際どうなの課」は日本テレビが放送しているということもあり、動画配信サービスHuluで配信されております。

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「それって!?実際どうなの課」以外にHuluで見れる動画

それではここからは、Huluで見れる動画の一部をご紹介したいと思います。

Huluで見れるドラマは下記になります。

・未満警察ミッドナイトランナー
・極主夫道
・ギルティ
・逃げるは恥だが役に立つ
・バベル九朔
・ハケンの品格
・35歳の少女
・おっさんずラブ
・この男は人生最大の過ちです
・トリック
・中学聖日記
・白夜行
・おじさんはカワイイものがお好き。
・カルテット
・Nのために
・MOZU
・きのう何食べた?
・凪のお暇
・あなたの番です
・シロでもクロでもない世界でパンダは笑う
・親バカ青春白書

他にもたくさんのドラマが配信されております!

更にアニメは下記の通りになります。

・鬼滅の刃
・ハイキュー
・呪術廻戦
・犬夜叉
・TIGER&BUNNY
・おそ松さん
・ひぐらしのなく頃に
・NARUTO
・BORUTO
・僕のヒーローアカデミア
・銀魂
・無限の住人
・弱虫ペダル
・炎炎ノ消防隊
・Re:ゼロ
・ホイッスル!
・バケモノの子
・ピアノの森
・君に届け
・境界のRINNE
・蟲師
・進撃の巨人
・ワンパンマン
・幽遊白書
・金田一少年の事件簿
・ぼくらの
・ゆるキャン△
・涼宮ハルヒの憂鬱
・約束のネバーランド

この他にもアニメや映画、海外ドラマや韓流ドラマ、バラエティ番組などもたくさん見れます!

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「それって!?実際どうなの課」美しく不思議な断面の世界

世の中のウマイ話を検証するドキュメントバラエティー!

【狩野&大島てる・駐車困難なワケあり駐車場を徹底調査】
【色々な物の断面って、実際どうなっているのか!?】

①【ワケあり駐車場を徹底調査!】
どうやってここに停めたの?と思ってしまう駐車場には何かワケがあるはず!
そんな“激せま”の“ワケあり駐車場”を、狩野英孝とともに巡る企画。
前方には巨大な穴!後方には割れた窓ガラス!?
さらには切り返し不可能の激せま十字路が狩野の行く手を阻む…!
果たして無事に駐車することはできるのか!?

②【モノの断面って実際どうなっているの?】
いま、カラフルで美しい断面が「萌え断」としてブームだと言う…
まだ見ぬ究極の断面を求め、双子女優・MIOYAEが徹底調査!
1000種類以上のモノを切ってきた断面のプロでさえ切断したことがない!?
金属バット、出刃包丁、真珠etcを縦に真っ二つ‼そこに広がる衝撃の断面とは!?

「それって!?実際どうなの課」の出演者

【MC】生瀬勝久

【出演】博多華丸・大吉/森川葵/大島美幸(森三中)/狩野英孝/大島てる/MIOYAE

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「それって!?実際どうなの課」除雪の世界

世の中のウマイ話を検証するドキュメントバラエティー!

【3畳の家が人気!なぜ?“激セマ”な物件を徹底調査】
【除雪作業の世界に潜入】

①【3畳の家が人気!なぜ?“激セマ”な物件を徹底調査】
いま若者に人気だと言う激セマ物件を徹底調査。
都内にある居住スペースが3畳の家に潜入!
どんな生活をしているのか?なぜ住んでいるのか?
そして、家賃はいくらなのか?元自衛官・やす子が初レポート!

②【年収1,000万円以上!?“除雪作業”にアキラ100%が潜入!】
豪雪地帯では欠かせない“除雪作業”の世界に潜入!
人によっては年収1,000万円以上稼ぐと言うが…
危険と隣り合わせの除雪作業。アキラどうなる!?

「それって!?実際どうなの課」の出演者

【MC】生瀬勝久

【出演】博多華丸・大吉/森川葵/大島美幸(森三中)/やす子/アキラ100%

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「それって!?実際どうなの課」について

「それって!?実際どうなの課」は、中京テレビの制作により、日本テレビ系列で2019年4月3日から放送されているバラエティ番組。

2019年3月27日まで水曜プラチナイト枠で放送されていた『ナカイの窓』(日本テレビ制作)の後番組として放送開始。

2018年7月15日に中京テレビ(東海3県ローカル)で『オバケSUN』の一環として放送された『実際どうなの!?マネー』をレギュラー化し、「よく言われるけど、やっている人を聞いたことがない気になるうわさや疑問を実際にやってみると、どうなるのか」をテーマにしたバラエティ番組。同局としては12年ぶりの全国ネットのレギュラー番組となる。プロデューサーの簑羽慶は、「手間と時間のかかる、ということを臆さないことと、正直な結果で勝負することを番組の約束事として、制作に臨んでいる」と話している。

「生瀬勝久」について

「生瀬勝久」は、日本の俳優、タレント、司会者。本名、同じ。旧芸名、槍魔栗 三助(やりまくり さんすけ)。

兵庫県西宮市出身。兵庫県立宝塚高等学校、同志社大学文学部社会学科(現在の社会学部社会学科)卒業。リコモーション所属。身長178cm。体重70kg。

学生時代
高校時代は宝塚ファミリーランドでジュースを売るアルバイトをしていた。高校卒業後に大学に入るために浪人をしており、その頃はお好み焼き屋でアルバイトをしていた。

1980年、大学に入学。同志社大学の劇団「第三劇場」に所属していた1982年に京都大学系の劇団「劇団そとばこまち」で2代目座長を務めていた辰巳琢郎にスカウトされ、1983年に「そとばこまち」に入団、同年の『猿飛佐助』で初舞台を踏む。学生時代は、槍魔栗 三助(やりまくり さんすけ)の名で「喜劇研究会」「第三劇場」そして「そとばこまち」で辰巳琢郎・川下大洋らとともに活動、「第三劇場」ではマキノノゾミと交流があった。当時、ゼミの指導教授であった石田光男(後の同志社大学社会学部長)から「君は俳優に向いていないよ」と言われるが、後に石田は「先見の明」が無かったことを反省したという。1986年、大学を卒業。

本格的に俳優へ
大学卒業時に企業から内定を得ていたにも関わらず、それを辞退して演劇界に進む。1988年には「そとばこまち」の4代目座長に就任し、劇作家、演出家も務める。

1988年から1年間に亘って放送された讀賣テレビ放送の深夜のコント番組『週刊テレビ広辞苑』にて、漫画家のひさうちみちおらとともにレギュラー出演。当時からコメディアンとしての才能をいかんなく発揮して人気を呼び、『探偵!ナイトスクープ』では槍魔栗 三助として探偵の初期メンバーの1人だった。以後も1989年の『現代用語の基礎体力』、1990年の『ムイミダス』、『未確認飛行ぶっとい』、など同じく読売テレビの深夜番組に続けて出演し、「劇団☆新感線」の古田新太や羽野晶紀、「売名行為」の立原啓裕、升毅、牧野エミらとともに関西学生演劇ブームを起こす一端となる。2008年3月8日・15日の2週に亘って20年前の製作スタッフ、キャストが再集結し『現代用語のムイミダス ぶっとい広辞苑』が讀賣テレビ放送にて放映された。

1988年のNHK連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』へのレギュラー出演を機に本名の生瀬 勝久へと改名する。

1990年代半ばより全国区のテレビドラマに本格的に進出し、役者としての活動の場を関西から全国に広げるため2001年に劇団「そとばこまち」を退団。シリアスからコミカルまで様々な役柄を変幻自在に演じて主役を引き立て、時にクセのあるキャラクターを演じて作品のアクセントとなるなど、名脇役の一人としてテレビドラマ、映画、舞台など多くの作品で引っ張りだことなる。一方で、『トリック』(テレビ朝日)のスピンオフ作品となる2010年4月期の連続ドラマ『警部補 矢部謙三』で連続ドラマ初主演、2012年公開の『スープ〜生まれ変わりの物語〜』で映画単独初主演も果たしている。

2013年、第32回ベスト・ファーザー イエローリボン賞を受賞した。

芸名改名のきっかけ
1988年度下半期(1988年10月 – 1989年3月)放送のNHK連ドラ『純ちゃんの応援歌』でNHKに初出演することになったが、槍魔栗三助の芸名ではNHKの放送にふさわしいとはいえないという理由があり、芸名を本名に変更したという経緯がある。その後も槍魔栗三助名義で活動していたが、本格的なテレビ活動・全国進出を意識し1990年10月に本名の生瀬勝久名義に統一した。

芸風
個性的な演技で、映画、テレビ、ラジオ、舞台で幅広く活動している。脇役が多い。また、独特のキャラクターを生かしてバラエティ番組にも活躍の幅を広げる。

『トリック』、『ごくせん』、『功名が辻』、『ゴーストママ捜査線〜僕とママの不思議な100日〜』など、仲間由紀恵との共演が多い(いずれも仲間が主演で、生瀬がそれに絡むレギュラーキャラを演じている)。

方言
TPOに応じ、共通語と関西弁を臨機応変に使い分けている。バラエティ番組では、共演者や番組の内容によって共通語と関西弁を使い分ける。関西を舞台とするドラマ作品に出演する場合や、関西出身者を演じる場合には関西弁を用いる。

家族
妻は12歳年下でモデル、ヨガのインストラクターをしている堀本陽子。息子が一人いる。

趣味・特技
釣り、ゴルフ
「相撲部屋サイズ」の杵と臼を衝動買いしたことがある。
掃除機マニアで、10台以上の掃除機を所有する。ヘッド部分が壊れた際には、家電量販店にまで足を運んで店員と口論になったというエピソードがある。

趣味に関する企画
ゴルフは『それって!?実際どうなの課』(2021年7月7日放送)で生瀬による持ち込み企画「生瀬課長 100日接待 300ヤードへの道」に挑戦した。企画が始まった段階での生瀬の飛距離は207ヤード(189.28m)。目標は2021年6月に行われるドラコン大会出場と、300ヤード(274.32m)を飛ばすこと。100日間ゴルフのためのトレーニング(毎日200発打つ、筋トレ)を行い、番組の収録前後にも取り組んでいた。ドラコン大会10日前の接待(密着)91日目にはこの番組の収録後に「誰にも言ってないけど、(右側)肋骨をすごい痛めて脇腹から」とスイングのし過ぎによる負傷をしたことが生瀬より明かされた。接待98日目には山梨県の鳴沢ゴルフ倶楽部で大会に向けて最終調整を行い、299ヤード(自己ベスト 非公式)飛ばすことに成功する。

6月、茨城県のゴルフ5カントリーかさまフォレストで行われた日本プロドラコン協会による公式試合(1人6球、制限時間2分30秒)で「45歳以上アマチュア男子 シニアの部」にエントリーし、247ヤードの記録となった。企画自体は終了したが、生瀬によるとその後もトレーニングは続けているという。

思い出の場所
武庫川、宝塚ファミリーランド

交友関係
西野正人 – 高校時代からの友人で、株式会社オリムピック代表取締役
中川智子 – 前宝塚市長。生瀬は西宮市出身だが宝塚市に近い場所に住んでいたことがあり、宝塚市内の高校出身という縁で、市長だった中川とのインタビュー記事(広報たからづか 2017年1月号)が掲載されたことがある。中川によると生瀬の母と友人でもあるという。

「博多華丸・大吉」について

「博多華丸・大吉」は、吉本興業東京本社(東京吉本)に所属する日本のお笑いコンビ。1990年5月結成。THE MANZAI2014王者。福岡吉本第1期生。

吉本興業福岡事務所(福岡吉本)からデビュー、しばらく福岡で活動後2005年に上京した。博多弁漫才を全国展開するなど活躍している。 略称は『華大(はなだい)』『華丸大吉』。

デビューまで
2人は1989年に福岡大学へ入学した同期生で、大学入学時に2人ともお笑いをやっているサークルに入ろうと探したところ落語研究会しかなく、そこへ所属したことで出会った。勧誘情報には「ゆるい上下関係」とあったがその実態はガチガチの縦社会で、サークルに対しての不満を言い合うなどして親交を深めた。

地元のタウン誌にサークル活動が紹介され、それを見たあるプロダクションから2人に『ヨッチャン・オカチャン』というコンビ名で、東京でやらないかと誘われたことがある。最初の面接時に会った社長の雰囲気から、2人の本能が絶対に怪しいプロダクションに違いないと訴えかけたためただひたすら逃げる口実を探していたが、面会を重ねる毎にトントン拍子で売り出すパッケージングの形などが決まっていった。どうしても逃げ出したかった2人がたまたま目にした吉本主催による福岡でのお笑いオーディション番組の参加者募集広告を利用して、社長の面会の日に君たちを東京の番組にねじ込むからと言われてから「すいません。僕たちは吉本所属を目指したいんです」と懇願して断った。このプロダクションは実は大きな芸能事務所で断った建前上、吉本所属を目指すための必死さをアピールせざるを得ない状況に追い詰められたとのこと。

吉本興業福岡事務所創設初となるオーディション番組『激辛!?お笑いめんたい子』(テレビ西日本、1990年4月29日放送)に、『岡崎君と吉岡君』の名で漫才コンビとして出場。番組での決勝出場者のうち8組中2位までが合格となり福岡吉本1期生となれる副賞があったが、2人の結果は4位で不合格だった。しかしながら事務所立上に関し人手が足りないという理由で、優勝したコンビ『ター坊ケン坊』のメンバーだったケン坊田中経由で福岡吉本から声がかかり、2人とも大学を中退。同年5月に1期生となる。

初代吉本福岡事務所長となった吉田武司の「芸人は本名ではなく芸名で」という方針に則って「華丸・大吉」のコンビ名でのデビューが決まっていたが、「芸名(平仮名で)7文字が売れる」という理由で更には「さらにめでたい名前をつけよう」という意向から『鶴屋華丸・亀屋大吉』(つるやはなまる・かめやだいきち)と命名された。

福岡吉本時代
デビュー時点では深刻なコンビ格差が生じ、『お笑いめんたい子』優勝コンビである『ター坊ケン坊』のター坊としてデビューした竹山隆範(後のカンニング竹山)と華丸が2トップとして売り出され、福岡吉本1期生総出演の『どっちもどっち博多っ子倶楽部』(TVQ)にレギュラー出演が決まったものの、大吉はフロアディレクターとして見切れる形で出演していた。竹山が1年で福岡吉本を辞めたことで漸く大吉にも出番が回ってくるようになり、大吉は「竹山が上京しなかったら今でも裏方を続けていただろうし売れてもいなかった」と語っている。以降、華丸は福岡吉本の看板芸人として、大吉はMCとしてローカル番組に出演し続け、『夜はとことん』『とことんサンデー』『華丸・大吉の鉄腕ももち』(テレビ西日本)、『今夜も大勉強!』(RKB毎日放送)など多くのレギュラー番組を獲得し、福岡県内で中高生を中心にトップクラスの人気を確立。

1995年にフジテレビ『めちゃ²モテたいッ!』において「福岡の人気芸人」として紹介され、福岡に来たナインティナインらとの共演も果たしている。また、この時にナイナイは『とことんサンデー』にゲスト出演し、以降2組は親交を深める。なお、当時の華丸・大吉は司会やMCが主で、テレビで漫才を披露する機会はほとんどなかった。

1997年、『とことんサンデー』においてテレビ西日本が福岡吉本の了承を得ないまま大吉を1年間アメリカに留学させ、随時番組でその模様を追いかける企画を番組上で発表した。しかし吉本側の了承も無いままの発表だったため、同局と吉本との間でトラブルに発展した。このトラブルの背景には、地元局と福岡吉本の2代目所長だった玉利寛の仲が悪かったことが挙げられる。大吉はこのトラブルが解決するまで1年間自宅待機を強いられ実質の休業、番組も急遽打ち切られた。この休業期間中に大吉はネタを書き溜め、以降のネタ作りはそれまでの華丸中心から大吉中心へ移行した。

大吉の休業が明けた1998年4月からは『とことんサンデー』と同じ時間帯に同じコンセプトの番組『Hi-Ho!』が開始。しかしテレビ大阪の深夜番組『吉本超合金』が福岡でも放送開始されたことや、1999年に福岡吉本の自前劇場「吉本111劇場」がオープン。大阪吉本の芸人が福岡の劇場に出演し始めたことで「大阪の笑い」が福岡にも入るようになった。吉本超合金のメイン出演者であるFUJIWARAや2丁拳銃には福岡でも熱狂的なファンがつき、華丸・大吉のネタでウケていた観客が一切笑わなくなった。また、人気者のFUJIWARAが『めちゃ×2イケてるッ!』ではスベリキャラの様に扱われている姿を見て、大吉は東京のテレビに畏怖の念を覚えた。

1999年から2003年まで『爆笑オンエアバトル』へ出演し、13勝4敗でゴールドバトラーに認定された。

2001年、第1回『M-1グランプリ』へ出場するも結果は11位で決勝進出を逃した。結成10年以下の出場資格が定められていた中、既に結成11年だったため出場資格は無かったが初回のM-1は日本各地の吉本の劇場に客席審査員を置くシステムだったことから、福岡吉本からも1組出場させたい吉本興業側から出場要請を受けたこと、またとある作家に「改名すれば、芸歴は1年目にリセットされるので出場できる」と言われて「華丸マル・大吉」名義で出場した。準決勝まで進み、ほぼ決勝進出するからと本放送直前の『ナイトinナイト』(ABC)の生出演が決まるなどがなされたが、直前に主催者側から「10年を超えているのはやはり駄目」と実質失格扱いとなった。この時点で結成10年を超えていたため次年度以降は出場できず、これが最初で最後のM-1出場となった。

2002年頃から華丸・大吉の東京進出に賭ける機運が高まっていたが、2人に目をかけていた当時吉本社長の林裕章が病に倒れたことや、福岡吉本側が看板芸人である華丸・大吉を手放したくなかった事情もあってこの話は一旦立ち消えとなった。

2004年4月、屋号を博多に変更し現在の芸名へ改名する。改名のきっかけは姓名判断に詳しい福岡事務所の女性パート職員が退職する際、「『鶴屋』と『亀屋』は運気的に最低の名前」「『鶴屋』がほぼ0点に近い。『亀屋』は口に出せない(ほど最悪)」と判断され、「ずっと気になっていた。お願いだから改名して欲しい」と頼まれたためである。その女性から「いい名前がある」と勧められたのが「博多」の屋号で、「屋号を博多に変えて2年以内に2人が東に向かうと運気が上がる」ともアドバイスされた。

改名に際してかつて博多淡海を名乗っていた元吉本新喜劇座長の木村進にも報告し、快く認めてもらったという。

東京進出
2005年4月、3年越しの念願だった東京本社へ移籍。東京進出のきっかけには、複数の要因があった。

華丸は東京進出について先述の元女性職員によるアドバイスに「背中を押していただいた」ことや、華丸の長女が小学校入学を控えており就学中の転居を避けたかったことを挙げていた。

同期の竹山がカンニングとして全国区でブレイクした時は、2人のかつての同期であることやネタも標準語主体だったため祝福した。しかし福岡吉本で5期後輩のヒロシは、福岡で仕事がなく止むを得ず上京したはずが別の事務所に入り直して熊本弁のネタでブレイクを果たし、福岡へ凱旋した際も以前には見たことも無いほどの笑いを獲った。それを見た2人が「1回、東京のフィルターを通して東京で売れたという肩書きがあると、こんなに違うもんだと実感した」とショックを受けたことも、東京進出を決意した要因となった。

BS放送開局記念番組に出演した島田紳助の「東京の時代は終わった。これからは1回宇宙へ飛ばしてそこから配信していく時代だから、東京に限らず地方どこにおっても出てくるやつは出てくる」という発言を耳にした華丸は、その発言を「ずっと信じて」福岡で活動していた。デビュー13年目に紳助と初めて話す機会が生まれ、2人は紳助から「何で君ら福岡でやってんねん」と聞かれた。華丸は「よくぞ聞いてくれました」「(紳助の言葉を信じてやってきたと)やっと言える」と思ったが、その直後に「アホちゃうか? 東京やで。何してんねん」と言われてしまった。華丸は紳助の掌返しのような発言に憤慨したものの、この言葉も尤もだとしてまた東京進出を決断する要因になった。

当時NHK福岡の番組で共演していた氷川きよしも、「福岡にいてはもったいない」という表現で東京進出を勧めていた。
上京後はルミネtheよしもとでの舞台などが主な活動の場となったほか、月に数回は福岡での活動を並行した。当初テレビ局や制作会社には新人と見なされたため、東京進出直後はテレビ出演1本あたりのギャランティは福岡時代より断然減っていたが、舞台での出演数をこなすことや上京前から出演していた『ピィース!』(テレビ西日本)や『ナイトシャッフル』(福岡放送)などのレギュラー番組が、東京での華丸・大吉を密着取材するコーナーを引き続き放送するなどの応援により、それなりの生活が維持できている状態であった。

35歳になってから上京、各お笑い番組のオーディションを受けるものの当時は「どの番組もフレッシュな若手が欲しいらしく、変にこなれた自分たち(華丸・大吉)は、求められていない感があった」ため、「面白いんだけど、それが伝わりづらい」との理由で落とされたり、10歳以上年下の審査員から「痛々しい」と言われたりなどの仕打ちを受けた。それに加えて、福岡時代に「東京に出てきたら」と言ってくれていた人々の態度も一変し、「本当に来たの?」「福岡に居ればいいのに」と感じられたと振り返っている。

ブレイク
2005年10月、『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ)の企画コーナー「博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜」第6回大会に華丸が出場した。同番組は上京後初めてオーディションに合格した番組であり、華丸にとって本来4~5番手のものまねレパートリーだった『パネルクイズ アタック25』における児玉清のものまねで優勝、一躍注目を浴びた。続く第7回大会も優勝し、優勝賞金100万円を獲得。同コーナーでは唯一の連覇達成者となった。結果として、「伝わりづらい面白さ」を活かせる同コーナーが華丸の、ひいては「博多華丸・大吉」の知名度を大きく上げることになった。

2006年2月、『R-1ぐらんぷり』に出場した華丸が決勝大会に進出し、東京での看板ネタとなっていた児玉清のモノマネを「あいうえお作文」と組み合わせたネタで優勝を成し遂げた。決勝直前に華丸は予選でずっと使ってきた児玉清のネタを変更し、急遽「ゴルフコンペを間違えてゴルフ場の受付と揉める博多のおじさん」のコントで決勝に出場すると言い出したため、大吉や密着取材をしていたテレビ西日本のディレクターが2人がかりで児玉清ネタのままにするよう説得し、大喧嘩となった。最後は華丸が折れた形になったが大吉の説得が正しかったことで「コンビとしての上下関係が決まった」となり、以後コンビの主導権は大吉が握るようになった。なお、世間の一部から「華丸がR-1で披露したネタは大吉が作った」と噂されたことに対し、大吉は「ネタは2人で作って、(大吉が)『児玉清さんをやるように言った』というのが本当のところ」と語った。このような経緯もあり、華丸は優勝賞金500万円の半分である250万円を半ば強引に大吉へ折半した。

2006年5月19日、なかやまきんに君からの紹介で『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングに初出演。

2008年9月4日放送の『アメトーーク!』の企画「中学の時イケてないグループに属していた芸人」に大吉が出演。自身の暗い経歴などのネガティブなトークが注目されたことで同番組への出演回数が増え、「大吉先生」と称されるキャラクターやトークの巧さが世間に認知されるようになった。大吉自身は、2012年4月から『たまむすび』(TBSラジオ)の水曜レギュラーに抜擢されたこともブレイクの要因に挙げた。

『アメトーーク!』では、2012年3月8日放送の「小忙しい芸人」にて営業先での「華丸・大吉あるある」トークが盛り上がり、宮迫博之(元雨上がり決死隊)の「今度、華丸・大吉芸人やろうや」という提案がきっかけで、2012年5月17日・24日の放送によって華丸・大吉に所縁のある芸人が集結した「華丸・大吉芸人」が実現。更に2012年の年末には「多くの芸人に愛され、視聴者に暖かい笑いを送り続けた」との理由で、2人に同年のアメトーーク大賞が授与された。

『THE MANZAI』優勝
2011年、コンクール形式としては第1回となる『THE MANZAI』に出場。本人たちは「若手の大会だから」と出場しないつもりだったが、西川きよしや今いくよ・くるよらから説得されたため出場を決意した。予選を勝ち抜き認定漫才師50組に選抜され、本戦サーキットを13位で通過し決勝大会に進出する。「(大会最高顧問のビートたけしに)“あんちゃん達面白いね”と、その言葉だけ頂けるように頑張ります」と臨み、1回戦で「乾杯の挨拶」を披露したが福岡吉本の後輩であり自らも評価していたパンクブーブーに大差で敗れる。獲得したのは関根勤からの1票のみだったが、たけしが「華丸・大吉にもっと(票が)入ってもよかったんじゃないか」と評して「泣きそうです」と応えた。

2014年、再び『THE MANZAI』に出場。2013年の年末にたけしから「なんであんちゃん達(大会に)出ないの?」と直接問いかけられたことが出場のきっかけで、大木こだまなどの先輩も大会出場を後押しした。認定漫才師に選抜され、本戦サーキットを6位で通過し決勝大会に進出する。1回戦はワイルドカード枠で出場した三拍子の4票に対し6票を獲得して競り勝った。出番直前に出場した三拍子のネタがかなりウケていたため、大吉は出番前に敗戦を悟っており、勝利決定の瞬間には大吉が思わず「(2本目のネタ合わせをしていなかったため)まずい」と言ってしまったほどであった。最終決戦では得意ネタである「宴会の抜け出し方」を1回戦のネタも絡めて披露した。このネタを選んだのは客層を考えた上での大吉による独断だったが、アキナ・トレンディエンジェルを相手に10票中9票を獲得し、優勝に輝いた。

たけしは番組エンディングで「俺は(華丸・大吉の)ファンだからなぁ」と述べ、放送後の記者会見では、その他の出場者である若手芸人の漫才と華丸・大吉の漫才の違いを、流行りの食堂と老舗の名店の味に例えて讃えた。大吉は番組の最後に「この予選に出ていない方も僕らの先輩たちも、本当に面白い漫才師さんは劇場にいますので、是非皆さん劇場に足を運んでください」と挨拶した。

『THE MANZAI』の優勝者には優勝賞品としてフジテレビ深夜帯の冠番組が贈られるが、当初2人は既にキャリアを重ねたコンビとしての優勝であったことや、系列のテレビ西日本で冠番組『華丸・大吉のなんしようと?』を持つなど、既に数本のレギュラー番組があることから、賞品番組の辞退も考えていた。しかし『THE MANZAI』の他の出場者も含め、若手に全国区の番組に出る機会を与え彼らに経験を積んで欲しいとの思いもあり、2015年4月から9月まで若手芸人やパフォーマーを迎えるトーク番組『華丸大吉の2020』のMCを務めた。なお、『THE MANZAI』が2015年以降、『THE MANZAI マスターズ』(2017年までは『プレミアマスターズ』)と銘打った漫才師の競演形式となってからも、華丸・大吉は番組から招待されるという形で毎年出演している。

東京スポーツ映画大賞と並行して行われる「ビートたけしのエンターテインメント賞」では、2012年と2015年に「日本芸能大賞」を受賞している。2015年は単独受賞であった。

『THE MANZAI』優勝以降
2015年にデビュー25周年を迎え、2016年1月9日・10日に福岡・キャナルシティ劇場にて「博多華丸・大吉結成25周年ライブ」を開催した。岡村隆史(ナインティナイン)などコンビに縁のある多数の芸人がゲストで登場したほか、タモリ・たけし・明石家さんまらがビデオメッセージで祝福し、25周年に花を添えた。

このライブが成功を収めたため、翌年以降も「博多華丸・大吉○○周年記念公演」と題したライブを毎年開いている。なお2020年は新型コロナウイルスの感染拡大防止に鑑み、29周年記念公演を中止した。

2018年4月2日より、有働由美子・井ノ原快彦(V6)の後任として、NHK総合『あさイチ』の2代目キャスターに就任。新しい「NHKの朝の顔」となった。

2018年10月には、「漫才を中心に様々な分野において活躍しながら、県内外において福岡県をPRし続けており、福岡県の文化の振興・発展に大きく貢献している」との理由で、第26回福岡県文化賞・社会部門を受賞。2019年3月5日に贈呈式が行われたが、スケジュールの都合でビデオメッセージでの出演となった。

2020年にデビュー30周年を迎えた。結成30周年記念イベントは、2021年1月23日に福岡ドームにて行われる予定だったが、依然としてコロナ禍が治まらない状況のため中止となった。大吉は同イベントについて「世の中が落ち着いて、いいタイミングが来たら」実施する予定としている。

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